2007年08月14日

「ツァラトゥストラ」フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

若いころ、一番はまった哲学書です。
本棚にあるのは、新潮文庫版で竹山道雄訳。タイトルは「ツァラトストラかく語りき」です。奥付を見ると、昭和51年10月の32刷とのこと。およそ30年ぶりにページを開くと、いたるところにエンピツの書き込みが。「自己の限界ある教養」とか「逃避的態度」とか・・・。うっ、恥ずかしい・・・。
今となっては、本の内容よりも、あの時自分で書き込んだ一言一言の方が難解です。

紹介するのは、2002年12月発行の鳥影社版です。この版は読んでいないのですが、表紙の帯に「完全新訳/決定版」とあるので、これを紹介しておきます。小山修一訳です。上下2巻。

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私事ですが、今また少し長い原稿にとりかかっています。福祉論なのですが、そこでの必要があってフーコーやドゥルーズ、ガタリなどの読み直しをしています。個人的にはポストモダンな所を読み直すだけのつもりだったのですが、けっきょく読み直しはニーチェやサルトルにもおよんでいます。
いったい、いつになったら原稿を書き終えるのだろうか・・・。
部屋の掃除をしていて古いノートや日記が見つかった時、掃除をほったらかして読みふけってしまうように、執筆を忘れてツァラトストラを読み直してしまう今日この頃です。
未成熟な一人として読んでいた本ですが、今はもう一つの立ち位置で僕に迫ってきます。赤子を前にして、自分はどのような自分であるのか。たとえば「裕子さん」を前にして、僕はどのようにあろうとしているのか。


posted by 本読人 at 21:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 哲学・思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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