2005年06月13日

「都市と光」石井リーサ明理

大学ではフランス文学を学んでいたのですが、パリが都市照明発祥の地とは知りませんでした。パリの街を、都市照明という視点から論じている目から鱗の一冊です。
今にして思えば、「都市照明と文学」というテーマで卒論も成立したような気がします。学生の頃に読んでいれば・・・。
口絵のカラー写真も、美しくて良いです。水曜社発行。
都市と光
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1927年リンドバーグが、スピリット・オブ・セントルイス号によって大西洋単独無着陸横断を成功させました。
その時に見た「パリの灯」は、どのようなものだったのでしょう。「都市と光」によれば、その頃(1925〜36年)エッフェル塔にはCITROENの文字が6色の電球によって描かれていたそうです。「パリの灯」は広告照明の時代に入っていました。
翼よ、あれがパリの灯だ
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posted by 本読人 at 17:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 哲学・思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
興味惹かれます。
 都市照明が成立するためには、「見る」と「見られる」の感覚が成熟している証のように思います。つまり、批評感覚が成熟しているとも思います。
 さて、日本はどうでしょうか。明治になって100何十年。いまさら農民国家でもないでしょう。ムラ社会、島国根性でもないでしょう。
 べつに都市照明が華やかでなくても構わないのですが、日本を考えるきっかけの一つであると感じました。
Posted by 佐藤K(KAZZ Saoth) at 2005年06月14日 10:01
「見る」と「見られる」の感覚。
「都市と光」の中では、都市照明の起源をパリにおいては「戦力」との繋がりで論じています。
Posted by 本読人 at 2005年06月15日 20:11
ますます読んでみたくなりました。「戦力」とは、戦争力でしょうか。欧州は、常に「戦い」がキーワードにあるように感じます。戦わずにはいられない地域なのかもしれません。この本を通じて、フランスの懐を覗いてみたいです。
Posted by 佐藤K(KAZZ Satoh) at 2005年06月16日 03:02
申し訳ありません。「権力」と入力したつもりでした。使っている富士通親指シフトの配列は「け」の横に「せ」がありまして・・・。
入力しながら考えていた『「見る」と「見られる」の感覚』が、近年のアメリカがらみの戦争の様子だったことも、ミスの原因のように思います。
Posted by 本読人 at 2005年06月17日 06:48
おはようございます。
 都市や建築は、その存在の仕方故、常に「権力」の傍にあります。世界でも日本でも「建築史」の教科書にでてくる建物が、それを示しています。ピラミッド、パルテノン神殿、法隆寺、金閣寺。。。すべてが権力者によるものです。
 近代以降ですね。「市民」が大文字の建築史に登場するのは。イタリアの「ヴィラ」でさえ、貴族によるものです。
 故に、建築の設計にマジメな学生ほど、「権力」を味方に付けるほうが得だと知ることでしょう。こういう言い方はmizdesignさんに怒られるでしょうか。
 ぼくは研究室で集落調査と民家調査をしすぎました。しかも民家は、まったくの「普通」なものです。「権力」から、もっとも遠いものばかりです。
Posted by 佐藤K(KAZZ Satoh) at 2005年06月17日 07:02
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